清盛ゆかりのまちを歩く-兵庫海の手
2012/02/29(Wed)
Feel KOBE観光推進協議会発行の「KOBE」という情報誌がありますが
winter号は平清盛関連の記事がたくさん掲載されていました。
ゆかりのまちを歩くという特集を見て、この通りに歩いてみようと思いました。
まずは兵庫海の手から。
                            (2012年2月撮影)



和田神社の鳥居
市営地下鉄海岸線の和田岬駅で降りてちょっと歩くと、和田神社の大きな赤い鳥居が見えてきます。


和田神社
和田神社です。
清盛が築港の安全と、この地の繁栄を祈願して安芸の厳島神社から勧請したという
兵庫七弁天の一つです。交通安全のご利益で信仰されています。(安全弁天)



薬仙寺
和田神社から歩いて数分かな、薬仙寺(やくせんじ)に着きます。
福原遷都の際、清盛はこの地にあった萱(かや)の御所に後白河法皇を幽閉したと伝えられています。



薬仙寺
薬仙寺です。


萱の御所跡石碑
萱の御所跡石碑です。
旧石碑は破損のため再建されたものだそうです。



清盛塚
薬仙寺から清盛橋を渡った所に大きな交差点があり
そこの一角に清盛塚、清盛像、琵琶塚が建てられています。



琵琶塚
琵琶の名手、平経正(つねまさ)にちなんだ琵琶塚です。


歩道のプレート
歩道にあったプレートで、琵琶がデザインされています。


清盛くん
清盛塚の近くには新川運河がありそこにかかる入江橋のたもとの清盛くんです。


能福寺
清盛くんから次は能福寺に向かって歩きます。
清盛が出家した寺と伝えられています。



兵庫大仏
兵庫大仏です。


能福寺
能福寺と大仏さん。


大輪田泊の石椋
能福寺を出て、今度は海に向かって歩きます。
運河沿いの緑地に置かれた大きな石は、運河工事の際に掘り出されたとのこと。
大輪田の泊を整備したとき、防波堤や突堤に使われた石材だと考えられているようです。
「大輪田泊の石椋(おおわだのとまりのいわくら)」です。



来迎寺(築島寺)
石椋の近くにあるのが来迎寺(らいごうじ)、別名築島寺(つきじまでら)です。
松王丸を弔うため、清盛が創建したと伝えられています。



松王丸供養塔
松王丸の供養塔です。
経ケ島を築いたとき、海神の怒りを鎮めるために松王丸という青年が
経文を書いた石とともに海中に沈んだという話が残っています。



歴史館
来迎寺から築島橋を渡り中央卸売市場に向かいます。
市場の前の道路をはさみ、歴史館が建っています。



歴史館
和田神社からこの歴史館まで2.5キロとパンフレットに掲載されていました。
ちょっと脇道にそれたりしたので4キロは歩いているかもしれません。



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